結婚することも育休をとることも夢にも思わなかったあの頃

大学時代に書いていたブログ記事をリマスター及び考察しながら載せていこうと思います。恥ずかしい思い出や今より稚拙な表現等ございますが、ご容赦ください。

会社の四十周年記念パーティーが開催されたあの頃

2010/11/7 社会人4年目

 

会社の四十周年記念式典が、 恵比寿の某ホテルで開催された。

 

大阪、札幌、水戸、東京事業所 そしてグループ会社が集められ、 なかなか凄まじい催しだった。 料理は美味しく、お土産もあり、ご祝儀もあり。おい。 これやるぐらいなら給料に反映してくれよ!

 

といいたくなるようなバブリーな催しだった。

 

くじ引き大会では 先輩がipod touchが当たり、 同期が電気自転車とハワイ旅行が当たり。。楽しかったのだが、これでいいのだろうか?

 

 

あれから15年

ハワイ旅行なんて景品にあったんですね。それは記憶になかった。書いてあるということは本当なのだろうけど。

 

そして、その後50周年記念式典もやるはずだったようなのですが、コロナの影響で流れました。面倒ごとがなくてよかったです。その頃私は親睦会委員なる、忘年会や新年会などの企画する委員会の長(部署内での)を務めていたため、おそらくその流れで実行委員とかやらされるシナリオだったはずなので。

 

業務片手にやるのしんどいですからね。まあ、コロナで忘年会や新年会などはお流れだったので、実質なにもすることがない(年度末の会計報告以外)ということを見越して務めていたので、思惑が当たってよかったなと。

 

パーティーをやらないかわりに社史は作ろうとなったようで(もともと作る予定だったのかもしれませんが)、社史編纂委員会なるものが組織され、50周年は社史が配られました。そして社史年表に私の功績が記載されて微妙な気持ちになったのでした(受賞当時は確かに嬉しかったけど、トップの賞ではないし、それで載せちゃうのか…それでいいのか…と)。

 

young.tonymctony.com

 

とはいえ内内向けの社史ですし、以降に一緒に仕事をした人たちは殆ど読んでいないようでしたので、それなら別にいいかーと思った記憶もセットで残っています。

 

55周年記念式典やるってよ

そして刻は2025年。50周年パーティーを開催できなかった怨嗟が燻っていたようでして、めでたく開催される運びになりました。下期に開催されるそうですが、早速出欠確認の連絡が来て、コロナ明け自由律テンションで欠席連絡を入れた人には役員からのきついお叱りが飛んだとか飛ばなかったとか。

 

55周年記念は業務扱いだからだそうです。半年先なんだからその日に今から予定が入ってないなら出勤でしょう?って理屈とのこと。

 

私ですか?迷わず出席で回答しましたよ。少しは大人になったようです。