書評日:2006.8.20(日)
重力ピエロ
主人公、泉水は遺伝子を扱う会社の社員。ある日、弟の春から自分の会社が放火されると連絡が入り、その通りになる。興味を持った泉水は、放火事件の調査をはじめるが…。。著者初の直木賞候補作品。出版社称して曰く、「感動的な家族小説」。
弟が、自分のことをお兄ちゃんから兄貴と呼び始めたのは、いつのことだっただろう。
中学校に上がるときに漸く140センチに達した弟はいつのまにか、自分の身長を抜かし、気がつくと僕を兄貴と呼んでいた。華奢だった腕は筋肉隆々で、女の子のようなかわいい顔立ちだったのが、今や精悍な男らしい高校生だ。
そんな、弟との思い出を浮かばせながら読んだ作品。
本作品は伊坂作品初の一人称作品です。泉水の視点で物語は進みます。この人は作品を書くごとにうまくなるなぁと思います。ラッシュライフよりも物語が読みやすくなっていました。そして、今回はひねりのないストレートな展開の話でした。
難しいことも、とにかく分かりやすく。主人公達が語る人や物語を理解力があれば誰でも理解できるように書き、物語を楽しむと同時に、雑学も増えます。桃太郎がそういう話だったとは…!
言葉の「繰り返し」が伊坂作品によく見られる手法なのですが、今回は随所随所で決めゼリフのように出てくるので、トリハダモノです。ココで出すためのものだったのか!!ってね。
ちょっとだけネタバレになってしまいますが、印象に残った言葉は、深刻なことほど陽気に話すべきというような言葉でした。この作品はこの言葉のために書かれている物語であると思うのです。実生活で、そんなことしたら怒鳴られると思いますが、この本の世界では、そうして伝えられることが多いのです。
作品のリンクについて
それにしても伊坂作品のリンクは本当に面白いですね。今回はオーデュボンの祈りの伊藤らしき人物とラッシュライフの黒澤が出てきます。伊坂作品が同じ流れの延長上にあるような感覚が、またこの世界に来れたという嬉しさを味あわせてくれます。
他にも小ネタが隠れていると思われ、思わずニヤリとしてしまう場面がありますね。
まだ文庫化されていない作品も読んでみようかしら。
考察
初読では、あまり物語にピンとこなかったのですが、再読したときに「そういうことだったのか…」と胸にくるものがあった物語でした。私の感受性が初読時は乏しかったのか、飛ばし読みをしていたのか、後年感受性が豊かになったからなのか、その理由は分かりませんが。
リベラルアーツで歴史に触れたり、子どもを持つようになったりして「血のつながり」のなんたるかが以前よりなんとなく分かるようになった今はまた違う印象を受けるのかもしれません。