書評日:2006.9.25(月)
空飛ぶ馬
主人公の「私」は文学と落語をこよなく愛す?大学生。ある縁から大ファンの「春桜亭円紫」と知り合う。日常に潜む謎を暖かい目で読み解く5編。著者がまだ覆面作家の時に発表した作品。デビュー作であり、根強い人気を誇る「私」シリーズの第一作。
1作目を読まなくても、話が分かるのが小説のいいところ。「私」シリーズではこの1作目を最後から二番目に読みました。
陰惨な事件等が起こらなくても、ミステリーが成り立つ事を証明した作品であり、著者が覆面作家であったことから、当時は作家の素性にまで謎が詰まった作品でありました。
清々しくさわやかな女の子「私」の一人称で展開される作品。その細やかな描写から、作家は若い女性であると推測されていたようですね。次作「夜の蝉」で第四十四回日本推理作家協会賞を受賞し、著者が素顔を公開したときは皆驚いたのだろうなぁ。
物語は謎を提供する「私」と、謎を解決する「円紫さん」の微笑ましいやりとりに、サブキャラクター(といってもメインでも通用するキャラクター)をからめて進んでいきます。
清廉美しすぎる登場人物と、暖かすぎる心のやりとりは全く現実世界と遙かにかけ離れたようなイメージを与えるが、細やかな描写で日常の風景を彩り、時に善意や悪意といったエッセンスを加え、読者に「リアリティ」を与えています。さすがとしかいいようがない。
アクがない。まぶしすぎる。博識すぎる。優しすぎる。機転が効きすぎる。
そんな登場人物達を、嫌みに見せず読者に新鮮味と清々しさを与えられるのは、北村マジックとしか言いようがないでしょう。愛読している恩田陸氏のそれとは大違いです。(決して恩田氏の批判ではないのであしからず)
5つの短編どれも読み応えがあり、必ず読後に残るものがあると思います。さわやかさ、ほのかなしさ、憤り、清々しさ、暖かさ。
読書の秋に北村薫はいかが?
考察
最近、TBSの東大王に出演している水上颯氏が、番組内でこの作品を推薦図書として挙げたことで一時期amazonで品切れになっていたようです。シリーズ最新作の「太宰治の辞書」まで品切れでしたから、テレビの力は凄いんだなと改めて思った次第です。
読んだ当時は主人公と変わらない年齢だったのですが、今ではもう10年以上年を取ってしまいました。時の流れとは恐ろしい(何回も行っている気がしますが)。
北村薫氏の「日常の謎」のフォロワーは多いですよね。加納朋子氏、米澤穂信氏などもその流れで著作を手に取りました。
2019年2月現在、電子書籍としては出版されていないので、「文庫本」でしか読むことができないのでシリーズは手放さずに取っておいてあります。復職したら通勤時間に読んでみようかな。