書評日:2006.6.1(木)
街の灯
時は昭和七年。氏族出身の上流家庭・花村家にやってきた若い女性運転手。「わたし」こと花村英子は『虚栄の市』のヒロインにちなみ彼女をベッキーさんと呼ぶことにした。「わたし」とベッキーさんとの日々を色鮮やかに綴り多感なお年頃の「わたし」の内面的成長を描く、北村薫の新シリーズ、遂に文庫化!
最近(2006年当時)発売になった北村薫さんの作品です。この作品は「私」シリーズ、覆面作家シリーズに続く待望のシリーズ作品の第一巻です。
文章の形式としては「私」シリーズに近いです。登場人物で言えば「私」シリーズの円紫さんにあたるのがこの作品でのベッキーさんになります。
しかしこのシリーズが「私」シリーズと大きく違うところは、ベッキーさんが直接謎解きをしないところです。
今までのシリーズは主人公があれこれ考えても出てこない答えをあっというまにもう一人の完璧なる重要人物が(「私」シリーズであれば円紫さん。覆面作家シリーズであればお嬢様)導き出してしまうというものでした。
しかし、この作品ではベッキーさんはこれまでどおり完璧なる登場人物役なのですが、謎解き、解決に手を加えず私の片腕となって動く役になっています。
つまり謎を解くのは主人公。これが面白い。
今までと役割を変えた事による新鮮さと、変わらぬ美しい文章の心鮮さが、ページをめくる手を早め、あっという間に読み終わってしまいました。
3つのお話がおさめられていますが一番のお気に入りは表題作「街の灯」です。生きることに向かい合い、人の生き方に触れ、ひとまわり主人公は成長することになります。
主人公と一緒に読んでいる自分も「どのように生きるか」ということを考えてみたり、生きていくうえでの振る舞い方についても考えさせられたりしました。
「大人になること」
大人の決め方がわかってるようでわかってないけれどもそう決められてしまったから仕方なくも大人になってしまう。
それでも「大人」というものを(おそらくは自分を)拒絶したくなる。複雑なこころ。あの時代とこの時代。時代は大きく変わってしまったけれども、苦悩のレベルは変わりないのかもしれません。
このお話にはチャップリンの映画「街の灯」が作中に登場し、謎解きに関わってくる?のですが、この話を読んだ後、この映画を見てみたくなりました。
北村さんの作品には、作中に出てくる作品まで読みたくなってしまう魔力があります。おそらく、北村さんが感銘を受けたり、好きになった作品を作中に出してくるのだと思うのですが、この好きな物の書き方、紹介がとってもお上手です。そのものに対する愛が感じられます。
話も3つに区切られていて、ちょっとした時間で読めてしまうので、北村薫作品が気になっていた人は、読んでみてはいかがでしょうか?
次回作が待ち遠しいです。
考察
確かにシリーズ第一作の本作は読みやすかった印象があります。裏にあるテーマが表に出てくるに従い、難しくなってきた気がします。そしてそれの意味するところをしっかりと分かっていなかった自分が少し恥ずかしくもありました。
後にシリーズ最終作「鷺と雪」で直木賞を受賞されていました。
今読み返したら、新たに得るものがたくさんある気がします。名実ともに「大人」になった今だからこそ読み直すべきなのかもしれませんね。