書評日:2006.11.5(日)
片想い
11月の第3金曜日。新宿のとある鍋料理店で毎年行われる、帝都大アメフト部の集まりは13回目を数えた。参加した当時のエースQB(クォーターバック)だった哲朗は、集まりの帰りに当時のマネージャー美月に出会う。
彼女のただならぬ様相に哲朗は、一緒に帰る途中だった須貝と共に哲朗の自宅に向かう。そこで哲朗達は美月からある告白をされ…。
あの人のことを想うだけで、胸が苦しくなる。といった10代の片想いの切なさとはちょっと違った「片想い」大人向けな大変ビターな物語です。
メインテーマは「性同一性障害」最新鋭の技術や難しい病気をテーマにする東野氏らしい選択です。
男らしさや女らしさといった言葉が曖昧になりつつある現代でも、人々の心の根元には「男とはこういうもの、女とはこういうもの」という概念が根付いていて、それが人の行動を不自由にさせたり、差別が起こったりするわけです。
元来、男と女は対極にある存在なのでしょうか?男にとって女は裏で女にとって男は裏でたどり着けないフィールドにある存在なのでしょうか?
「性同一性障害」という病気がなければそれで成り立つのかもしれませんが、このような病気が存在することが判明した今、男と女はどのような定義づけをすればいいのでしょうか?
その答えを東野氏なりにまとめた一冊です。
文中の「メビウスリング」の話にはなるほどなあと感心しましたし、『「性同一性障害」の人ほど○性らしさにとらわれる』といった話に確かにあるかもしれないと思いました。
事件の部分も非常に面白くできており、事件の進行と共に「性」について考えさせられる部分が小出しになってよく作られた物語だなぁと唸ってしまいました。
内容のアダルティックさにもかかわらず、題名が「片想い」たる所以は最後まで読んだときに気付くことでしょう。
考察
当時から、話題を先取りするのが上手な作家さんだなあと思っていたのですが、LGBTについてもかなり早くから持論を持っていらっしゃったんですよね。小説というフィクションを通して、疑問を投げかけるのが本当に上手いなと感じた作品です。
最初はその『厭らしさ』に辟易したのですが、読後は読者をテーマから目を背けさせないためにあえてこのボリュームの『厭らしさ』にしたのかなと思いました。
この作品に限ったことではございませんが、本を読み始めた当初は『物語』と対峙し、その新鮮な喜びに浴していたはずなのに、いつのまにか『作家』と対峙して「またこう来たか」「ほうほう、こういうことを考えているのか」などと思いを巡らせるようになってしまった気がします。
また純粋に物語自体を楽しめるようになれるのはいつの日か…。