結婚することも育休をとることも夢にも思わなかったあの頃

大学時代に書いていたブログ記事をリマスター及び考察しながら載せていこうと思います。恥ずかしい思い出や今より稚拙な表現等ございますが、ご容赦ください。

中学三年生の時、学級委員長として文化祭に対して思っていたこと。

2006.5.9(火) 大学4年生

 

中学の文化祭の思い出が夢に出てきたので思い出し、回想。

 

文化祭の出し物を決める学活の時間。委員長だった僕は、教室の前で何をやりたいか意見を集めていました。バックの鬼先生と、ヒステリックな女子を相手に僕のノミの心臓は今にも停止しそうでした。

 

 

文化祭に向けて

当時、音楽ブーム?だったので「音楽のことをやりたい」という意見が一番人気でした。

 

でもさ、「音楽のこと」って何さ?どうやって中央委員会に持ってけばいいの?って思ったわけです。

詳しく聞いてみると、聞いてみたらその意見を出した子は曖昧なことをつらつら言うのです。イライラしながら「演奏をしたいらしい。」ということを感じ取った僕は、クラスにそんなに楽器できる人がいたかと疑問に思ったので、

 

「でもさー、多分他のクラスもそういう意見もってくるから、くじ引きになっちゃうと思うんだよね。」

 

と、至極消極的な意見を持っており、ダメだった場合の第2案を考えてもらうことにしたのでした。しかし、結構、やりたい人がいる気配を感じるんですよ、音楽を…。

 

え?それはさー僕にさーくじ引きで勝ってこいってことかな?そんなにくじ運よくないから、負けても文句言わないでほしいけど、きっと言うよね?

 

そうした葛藤と闘いながら、時間が来てしまい、第2案は第1案の音楽がくじ引きで負けてダメだった場合に考えることになりました。

 

くじ引きの結果 

うん、負けましたよ、くじ引き。僕たちのクラスを含め、3クラスが音楽をやりたいと言っており、話し合いの結果、2クラスだけやっていいということになったのですが、負けてしまったのです。くじ運、ほんとなかったな。

 

その結果をクラスに持ち帰ると、もうなんかボロクソに言われましたね…。「何でお前にそんなに言われなきゃいけねーんだ!!」ってぶん殴りたくなるくらい。そんなことするわけにはいかないから、苦笑いでこらえたけれども。

 

ゆえに、次の学活はクラスの半分を敵に回した感じになり…アレは本当に辛かったな。。

 

で、もっと辛いことになったんだよね。

 

あらすじおさらい

 

回想すること数年前。中三の文化祭の催し物決め会議にて、クラスの催し物が被ってしまいくじ引きで負けたクラスが他の催し物をすることになったのだが、案の定負けてしまったトニー。次の学活でクラスの非難を全身に浴び…。どうする、トニ-!?

 

第2案を決めたいが

いや、どうもこうもなくてですね。どうしようもなくてですね。ほんとクラスがですね、怒りと不満と気怠さに包まれていました。

 

でさホントみんなやる気ないの。文句だけは言うのだけど…。

 

そこで「楽なのにして、他のクラスを見に行きたい」って意見が出てさ「お前、ホントに3かよ」って思ったね。後ろの鬼先生がほら怒ったろ?一番近くで怒り買うのは自分なんだよ。勘弁しろよ…。。

 

担任について 

えーとですね。なかなか青春系のスバラシイ鬼担任でして。そんないい加減なこといってたら、すぐに怒ってしまう先生様でしたので、小心者の僕にとっては委員長として黒板の前に立つことは拷問以外のなにものでもありませんでした。

 

でもね、ちゃんと切り返す術はもってたからさ「中学最後の文化祭だし、頑張った!って思えることにしようよ」って、鬼の怒りを鎮めたんですけどね(ほめてほしい)。

 

でも、そういうと 「だからやりたかったのは音楽!」という冷たい視線が僕に突き刺さるのでした。そうしてやる気のない意見が出て(ほとんど展示系)、多数決によって、展示系の催し物に決まりそうな展開になりました。

 

出し物、決まる

展示系と言えば当日演じる系に比べ、努力の量にかかわらず来客も少なく、もの凄く物足りない末路を辿るものという認識です…。

 

そうして、多数決により僕のクラスの文化祭の出し物は「空き缶アート」に決定してしまいました。

 

みんな、それでいいのか!?せっかく3年でいろんな事ができるようになったのに、中学1年生いや小学生でもできるような「空き缶アート」でいいのかよ!?

 

僕は、そう訴えたかったのです!しかし、そもそもくじで負けたからこのようなことになっているので、そんな事を言ったら非難を浴びると思うとしり込みしてしまいました…。

 

そうして

何も言えなかった誰も何も言わなかった。そうして僕のクラスは想像以上に大変な作業に終始することになるのであった…。

 

考察

大学生になってまで、この頃のことを引き摺って恨みを持っているなんて、なんて大人げないのだろう!

 

そんなことを思ってしまいました。当時はまだ、消化しきれてなかったんですね。

 

今から振り返ると、なんでそんなに自信なさげに学級委員長をやっていたのだろう?と思ってしまうのです。曲がりなりにも投票で選出されたのだから、どうやったってよかろうに。

 

中学生の思春期ゆえの苦悩だったのかもしれません。なんだか勿体ないことをしたんじゃないかとも思うのですが、こういう経験があるからこそ、社会人になって「こうはやるまい」という意思を持てるようになったと思えばいいのかな。

 

ちなみに、今は恨みなんかもってませんよ?いや、本当ですってば。