書評日:2006.5.25(木)
盤上の敵
主人公、末長純一が外出中、末長宅に猟銃を持った男が立てこもり、妻、友貴子が人質にされた。舞台は警察とワイドショーのカメラに包囲された「公然の密室」と化した家。純一は妻を無事救出するため、犯人と交渉を始める。果たして純一は犯人に王手をかけることができるのか?誰もが驚く北村マジック!!
文庫本背表紙より
大好きな作家北村薫さんの作品。本作品は北村作品としては異色な作品で「傷ついた読者」からの手紙を寄せられ、文庫本のために北村さんが前書きとして
今、物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいという方には、このお話は不向きです。
と書かれているほどの作品です。
こう書かれていることもあったので、読む気力がおきず、古本屋で手に入れてから半年が経った先日に読みました。そして、この前書きがあったからおもしろいと思えました。なかったらちょっと沈んでいたかもしれません。
言われていたとおり、今までの北村作品とはひと味違いまして、人間の闇の部分を掘り進んだ描写がなされています。
だからといって今までの北村作品の中にあった五感を駆使した美しさの表現を欠いているわけでもなく、悪という「壊すもの」の描写によって美しさという「壊されるもの」がいっそう切ない輝きを増し存在を主張させています。
北村ノリも随所随所に残されています。
北村薫さんは優しさに満ちあふれた作品を書く作家です。その優しさの描写はこの作品で描いた人間の闇の部分悪の部分が描けるからこそのものであるのだなと思いました。
この作品が北村作品として異色なものであっても、違和感を感じないのはそのせいなんでしょうね。
印象に残ったのは、自分たちの日常が互いの心への信頼関係の元になりたっているということ。
けれどもその常識は、常識であるという保証はなにによってなされているのか?ということ。そういう常識なるものを踏みにじって裏切って繰り返してきたのが人間の歴史であります。
その常識が常識として私たちの頭の中にあると思えるのも、単なる気休めでしかないのかもしれないということ。それを感じつつもそれにすがって生きていくしかないと言うこと。
どこかで一気になにかが切れることが起こらぬように願いながら、起こるはずがないと言い聞かせながら、人は人と常識的に付きあっていくのです。
そして、もうひとつ。人を恐れさせるのは腕力よりなにより心の在り方であるということ。
ふたつの語り手から語られる物語が交わり、全ての伏線が繋がり出す爽快感はさすがです。北村マジックここにあり!
完全犯罪のようで完全犯罪でないのは、罪はどのようなものでも、そのままにしてはいけないという、作者の思いがこめられたからでしょうか。
目をつぶっていてもそうなってしまうのは目に見えていてそれでも終わらせ方は安易なダークストーリーよりも残酷で、それでいて美しいものでありました。
考察
北村薫氏の作品ではないような展開でした。しばらく読んでいませんが、物語の展開と衝撃を覚えているぐらい、かなり心にインパクトを残した作品でした。
ネタバレは避けたいので、内容についての言及は控えますが、面白い作品であったことは確かです。