書評日:2006.7.23(日)
嘘をもうひとつだけ
東野作品ではおなじみの加賀刑事と犯人のかけひきを4編、加賀刑事と友人の話を一編収録した作品。どの短編も「嘘」が主題となっている。
加賀刑事の出てくる他の作品は読んだことがないのだけれども、加賀刑事の視点で書かれていないので、この作品は加賀刑事を知らなくても十分楽しめるものでした。
1編1編、加賀刑事が出てくるたびにまたあなたか…。と言いたくなる憎い演出がなされており、その後も犯人を言葉と嘘で窮地に追いつめる姿は冷徹に感じる。
それでも、言葉を選びながら将棋のようにつめていける能力を持ち、相手に対する「思いやり」を忘れずに話す姿には好感が持てます。
彼も警察官という仕事に誇りを持ちながらも、問いつめることに対して、胸を痛めているようにも見え、そこに人間味が感じられます。
4編の短編それぞれ罪を犯した犯人に対して、加賀刑事が詰めていく様は圧巻です。それでいて、少し悲しくなる物語。
残り1編は、読んでからのお楽しみ。
この物語の主題は嘘
人間は完璧ではないから嘘というものはひとつつけば、それを嘘にさせないためにまたひとつ嘘をつく。そうしてついた嘘は前の嘘をカバーするために前の嘘より大きな嘘をつかなければならない。
その連鎖で、カバーできなくなった嘘が顔を見せ、それを覆うためにまた嘘をつく。そうして矛盾を含む嘘でいっぱいになって嘘を嘘でかばいきれなくなる。
最初は小さな嘘だったのに最後は大きな嘘に辿り着く。
どこかで認めてしまえればいいのに、認めようのないものだったら、最後がどうなるか分かっていても嘘をつき続けてしまうんですね。
考察
『新参者』や『麒麟の翼』のドラマ化で有名になった加賀恭一郎シリーズです。当時はそれと知らずに読んでいたのですが、問題なく楽しめました。シリーズ一作目の『卒業』や2作目の『眠りの森』を、それと知って読んだ時の方が楽しめなかった思い出があります。なんだかギャップがありすぎて。